
【番外編】 ふたりきりの式 ~エターナルバンドの誓い~
ファイナルファンタジーXIV。
エオルゼアの空は晴れていた。
神聖なる教会へと続く道を、ふたりの足音が静かに響く。
「……緊張してる?」
「少しだけ。あんまりこういうの、慣れてないし……」
モニター越しの言葉でも、照れ笑いが混じっているのが分かる。
もう何年もこうして一緒に遊んできたけれど、今日はちょっと特別だった。
――エターナルバンド。ゲームの中の結婚式。
ただのイベント。そう言えばそうなのに、それでも心が少しだけ、浮いていた。
式場にはNPCの参列者たちしかいない。
あえて招待しなかったのは、お互いにとって「これはふたりのための式」にしたかったから。
大勢の祝福の言葉よりも、ただ隣にいてくれる、あなたの言葉が欲しかった。
純白の衣装をまとった私は、チャペルの扉の前で一度、深く息を吸う。
ねこのキャラクターが、静かにその隣に並ぶ。
「行こうか」
「うん」
重厚な扉が開き、光が差し込む。
バージンロードをゆっくりと歩くふたりの姿は、どこかぎこちなく、それでも確かな足取りだった。
──ねこは思い出していた。
始まりは、ただの野良パーティだった。
ヒーラーを探していた時、偶然入ってきたのが、あのミコッテだった。最初はぎこちなく、慣れていない様子が画面越しにも伝わった。
だけど、チャットの合間に見せる短い反応が、なんだか気になっていた。「よかったらまた行きませんか?」
ふと送った一言に、「はい」と返ってきた。
それが最初の分岐点だったのかもしれない。そこからは、まるで自然な流れだった。
夜になるとどちらからともなく誘い合い、コンテンツに挑んだり、まったり釣りをしたり。
ダンジョンに失敗しても、トークに夢中になって目的を忘れても、なぜか心地よかった。
──うさは、静かに思い返していた。
最初の出会いは、ギスギスしていた高難度ID。
誰かが倒れ、チャットが荒れる中で、ひとりだけ落ち着いて指示を出していた「ねこ」が印象に残った。
終わった後、パーティ募集から届いた「おつかれさま、また一緒にやりましょう」のさりげない一言が、なぜか嬉しかった。(あの時、すごく緊張してたんだよ?)
何をどう返したらいいのか、何度もタイピングしては消したっけ。
けれど、次の日も、また次の日も、同じようなタイミングでログインして、声をかけてくれた。ふたりで攻略した初めての極蛮神、通話中にお互いのペットが騒いで大笑いした日、
リアルのことはほとんど話さなかったけれど、それでも毎日少しずつ、あなたのことを知っていった。
演出通りに進行するセレモニー。
花が舞い、鐘が鳴り、NPCの神官が祝辞を述べる。
すべてが決められた手順で、それでも不思議と、胸の奥があたたかくなった。
「……うさ」
「ん?」
「ありがとう。ここまで一緒にいてくれて」
「わたしのほうこそ……こんなに長く続くなんて思わなかった」
言葉にしてしまえば簡単すぎる。
だけど、そのひとつひとつが積み重なって、今日がある。
ちょっとした冒険、通話越しの笑い声。
その全部が、この瞬間へと繋がっていた。
最後に指輪を交換するシーン。
ゲームの中の演出でも、なぜかほんの少し手が震えるような気がした。
あなたのキャラクターが、優しく指輪を差し出す。
画面のこちら側で、うさは小さく笑って呟いた。
「これからも、よろしくね」
たとえリアルで会ったことがなくても、ふたりの時間は、確かにここにあった。
チャペルを出た瞬間、夜空には大輪の花火。
用意された演出だけれど、それがまるで、ふたりだけを祝福しているかのようだった。